ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

国民として感じること (1)

https://koredeii.com/2018/11/29/


・痛々しいというか、秋篠宮さまがあんなにやつれながらも意思を明確にしようと必死な表情されていたと受け止めました。紀子さまは話しながらも今にも泣きだしそうな気配もあり…。ただまあ、家族としては反対してるけど、まさに白旗という感情が読み取れました。


眞子さまのゴネ方、駄々こねてるご様子。こんなにワケわからない方だったんだと正直呆れてきました。


・そもそものご性格が、こういう気の強い思い込みの激しいアンバランスなとこのある方なのかなと思いました。


・これだけ日本中にK母子の悪行ぶりを知られたら、今後日本でまともに生きていくのも難しいでしょう。結婚も絶対ムリムリ。


眞子さまも諦めない。このお姫さま、中学校まで「次代の家刀自」として、お母様から厳格すぎるほどのしつけで育てられ、悠仁様ご誕生を境に、一挙に「放任」へ。「自主性を尊重しての子育て」とは「放置放任ネグレクト」と紙一重


・殿下は、どうも憲法第24条の「両性の合意による結婚」という観念に縛られておられるようです。自分たちの結婚のときも、結構反対され、それをしのいで成就した思い出もあり、しかも5年間、交際を許可した負い目もあり


秋篠宮家は、その間、佳子さまも結婚できない、悠仁様の今度は高校どうするかもいろいろ言われる。いいことは一つもないんですけどね。


新嘗祭に守谷さんが参列されたんだ、というか結婚された皇族の夫君は参列の資格を与えられる


眞子さまは周りの声が耳に入らない状態なのか、聞かない様にしているのかそれとも何か脅されたりしてるのか。

(部分抜粋引用終)

https://koredeii.com/2018/11/30/


・「秋篠宮さま:小室さんに関わること、これが毎週のように週刊誌等で報道されていることは、私も全てをフォローしているわけではありませんが、承知はしております。(記者に質問を確認されて)小室さんからの連絡ですか、どうでしょう。2、3か月に1度くらいでしょうか、時々もらうことがあります。これは、娘と小室さんのことではありますけれども、私は、今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。まだ、婚約前ですので、人の家のことについて私が何か言うのははばかられますけれども」「今いろんなところで話題になっていること、これについてはきちんと整理をして問題をクリアするということ(が必要)になる」「やはり多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません」


・「秋篠宮さま:私は、最近はそれほど、娘と話す機会がないので、よく分かりません


・「紀子さま:昨年の夏から、様々なことがありました。そして折々に、私たちは話し合いを重ねてきました。そうした中で、昨年の暮れから、だんだん寒くなっていく中で、長女の体調が優れないことが多くなりました。そうした状況が長く続き、長女は大丈夫だろうか、どのような思いで過ごしているだろうかと、私は、大変心配でした。」「長女は、美術や音楽が好きなものですから、そして私も好きで、一緒に誘い合って展覧会や音楽会に出かけることがあります。」「家族として非常に難しい状況の中にありますが、私は、長女の眞子がいとおしく、かけがえのない存在として感じられ、これからも、長女への思いは変わることなく、大切に見守りたいと思っております。」


・「秋篠宮さま:結婚についてですが、親の勝手な希望としては、それほど遅くなくしてくれたらいいとは思いますが、こればかりは、やはり御縁の関係もありますので、別に私からせかしたりすることもしません。いずれ本人から何か言ってくるかもしれません。そのような状況です。」


・「紀子さま:結婚についてですが、これから先、もし次女がそのような話がありましたら、次女の考えやその先の将来のことについての考えを聞いて、私も必要なところ、大事だと思うことがあれば、お互いの話し合いの中で、気持ちや考えを伝えていきたいと思います。」


・「紀子さま:長男は学校の家庭科の授業でお弁当実習を始め……(とお考えになる)。」
秋篠宮さま:(妃殿下を向かれて、お尋ねになって)調理実習じゃない?」
紀子さま:(殿下を振り向かれて)調理実習かしら。(長男が)お弁当を友達と一緒に作る機会がありました。」


・「秋篠宮さま:具体的にもし言うのであれば、例えば、即位の礼は、これは国事行為で行われるわけです、その一連のものは。ただ、大嘗祭については、これは皇室の行事として行われるものですし、ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか、これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども、その頃はうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局、そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。ただ、私として、やはりこのすっきりしない感じというのは、今でも持っています。」「大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ、そのできる範囲で、言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。」「宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ、残念ながらそこを考えること、言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。」


・「秋篠宮さま:やはりそれ相応の対応というのはこちらの対応ではなく相手側の対応ですね。その後にお話ししましたように、やはりきちんと、どういうことなんだということを説明をして、そして多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る、それが「相応の対応」の意味です。」

(部分抜粋引用終)

https://www.ootapaper.com/entry/2018/11/29/133543


・あの方は本当に賢いですから。だからこそ、高円宮殿下が亡くなった後も、しっかりとした縁組を久子妃の女親一人でまとめることができたのでしょう。普通は皇統の血筋がなくなったよるべのない宮家というのは、縁組は苦労するものです。


天皇家というのは、日本国の象徴です。次代の天皇になる方が、ご自分のご家庭も統率できないのでは困ります

(部分抜粋引用終)

https://www.ootapaper.com/entry/2018/11/29/172814


・幼児期から周りに傅かれて育つ神の子!おまけにお叱りや躾抜きの秋篠宮家の自由奔放教育による我儘な特権意識。莫大な国民の税金を湯水のように彼氏につぎ込ませる事へ何の疑問も感じない。8月のお別れ夕飯に〇宮家の車や門の使用に宮内庁上官や警備官を顎で指図する傲慢さ。


秋篠宮家の従業員の入れ替わりが激しいとかも人を人とも思わぬ傲慢夫妻の解雇病としか思えない。そこから育つ息子がいつか日本国の天皇になる


・小室圭氏の留学に関しては、私は以前から、成年皇族の眞子さんが自分の権限と自己の資金(破格のお小遣い)を利用した浅はかな暴走と踏んでいます。眞子さんの東宮門突破の情報がその裏付けと思っています。


・小室家の「反社会的組織との関わり」、「小室圭氏の国際レベルで道徳的に反する挙動(裏ピース、女性器口淫のシンボル)」をもっと公にし、フォーダム大学にも認識させ、強制的に日本国の象徴と乖離させること


・皇室へ「すでに他国民の血統が侵入している」やら「皇室崩壊への戦後処理の結果」だの、もっともっと国民に周知させ、日本人として今後の皇族のあり方を、しっかり見据える時期に来ているのだと思います。

(部分抜粋引用終)

https://www.ootapaper.com/entry/2018/11/30/055221


・1990年に出された「四学長声明」ー人権教育のための記録ー
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170903200947.pdf?id=ART0000362266
関西学院大学国際基督教大学フェリス女学院大学明治学院大学の名前で出されています。


・このような文書を出していた大学に、眞子さまも佳子さまも進学されたのだということに改めてびっくりします。


秋篠宮殿下に対する不思議な気持ちを吐露させてください。この方は、お若いときは自由奔放な宮様だったのですが、ある時から、えらく天皇皇后に恭順な姿勢にかわりました。その最たるものが前コメントにも書いた「産児制限を受け入れた」ことです。何しろ悠仁様誕生の前に「お許しをいただいたので」とおっしゃっておられる。お許しをいただくまでは、ずっと我慢しておられたのかと、改めて驚きました。


・子供たち二人を、皇后陛下同様のキリスト教大学に進学させたこと(特に眞子さまは初めからこちらだし、皇族として初めて宗教色のついた大学でした)


天皇との三者会談では、いつも先に皇太子が帰ってしまい、その後1時間ぐらい、天皇と話し合っていること。(多分皇后もその場におられるのかと)とにかく、この方、今天皇皇后のメッセンジャーになっているのではないでしょうか?


眞子さまはそういう親の姿をよく見てごらんになり、ご自分の婚約話、多分「職が決まらない」ということで紀子妃が難色を示したことから、葉山御用邸に駆け込んで、天皇皇后にゴーサイン出してもらった。それに対してこれも秋篠宮夫妻は何も言えず、婚約内定への流れになってしまったのではないかと。

(部分抜粋引用終)
数日前に録画されていた秋篠宮殿下のお誕生日会見は、日付が変わった真夜中きっかりに公表されたようである。
殿下の方は、さすがに予想以上に率直に語っていたようには思われるが、結局は、憲法にせよ、大嘗祭の予算や規模にせよ、戦後思想の落とし子のようなお考えを保持されてきたのだろう。同い歳で同月に生まれているので、空気のような時代精神がよくわかるのだ。
関西学院大学国際基督教大学フェリス女学院大学明治学院大学」の四学長の声明や右翼からの反応については(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170907)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170929)、時期的にマレーシア赴任の直前で忙しくしていた頃であり、当時の私は、うかつにもよく知らなかった。弓削達氏については学会の古い文書や書籍で存じ上げているが、研究方面でしか理解していなかった。
今でこそ、「え!そんな発言を?」と驚くが、あの頃の大学の雰囲気としては、うちの母校(国立大学)もそうだったが、リベラルで進歩的で知的水準が高いと自負しているような院生や物分りのよさそうな自由主義的な教授ほど、あの路線に沿った考えを臆せず講義や著述の中で述べていた記憶がある。但し、それが可能だったのは、経済的にバブル絶頂の末期だったため、優越感や奢りに基づく「余裕」が背景として考えられる。
キリスト教系大学は私学であり、入学する学生も裕福で恵まれた都市中間層が多く見受けられたために、国公立の学校しか通わなかった私は、どこか違和感を覚えつつも、あの自由闊達さを羨ましくさえ感じた。(あれは頭のいい人達が言うことだ)とも思っていた。
フェリスと言えば典型的なお嬢様学校で、「うちの母がフェリス出で...」と自慢げに語る少し年上の男性を、二十代の頃、私は知っていた。でも、実際にどのような教育思想を施す学校なのか、フェリスに行ったこともない私は、全く知らない。その男性は、「今の日本は駄目だ」とマレーシア帰りの私に言い、既婚者なのにベンチャーのような転職をすると突然言い出し、周囲を慌てさせていた。
あれから30年ほどが経った今、国力が徐々に低下し、自然災害が多発し、経済格差が誰の眼にも明らかになった。この現状を思えば、まさにユートピアを語っていたのだろうと認識を新たにさせられる。
国体や国のかたちが曖昧なまま、学校でもメディアでも、深く分析も考察もせずに、斜に構えて無責任に現状を批判するスタイルがカッコいいとばかりに、(自分が楽しければいい)と、目の前のことだけを享楽的に過ごしてきた。そして、これまでメディア報道だけで秋篠宮家の全貌を知ったつもりになって、応援し模倣さえしてきた世代や層に、そのツケが降り掛かってきたのかもしれない。
昨日、気になって秋篠宮家(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%BD%A9%BC%C4%B5%DC%B2%C8)の初期からの写真をウェブでざっと眺めてみたが、幼少時はともかくとして、内親王の二人は、それほど伸び伸び素直に明るく育っているという感じには見えない。むしろ、むっつりとして嫌そうな表情が案外に多いことに気付かされる。紀子妃殿下も、年齢相応にふっくらとした体型ではなく、口元に皺が多くて、かなり老けて見える。
その点、高円宮家とは対照的でさえある。
皇室ジャーナリストが、国民の皇室への関心を惹きつけるためか、まるで日本の家庭のモデル像のように語り、紹介していた部分が少なくなかったようにも思われるが、この宮家から将来の天皇が出ることになっている以上、国民として無関心ではいられない。現実を直視し、本来あるべき姿を知ることだ。また、仮に宮家が右往左往しているとするならば、その際には、むしろ国民の側が自覚して、しっかりと近い将来に備えていかなければならないと思う。